前エントリーの続き、に入る前に。
これは最初に言及しておくべきだったかもしれない。
小倉先生が理想とする「ネット社会」は、厳密には2つのレベルに峻別できる。
- 「訴訟が円滑に行える程度にトレーサビリティが保証されているネット社会」。これが「レベル1」。
- 「批判が的外れだった場合には社会的評価が低下するというリスクを発言者が常に負うネット社会」。これが「レベル2」だ。
この「2つのレベル」は同じ次元では語れない。議論の上で慎重に区別すべきポイントだ。「2つのレベル」を両方認識している人同士の議論であれば、肯定派であれ否定派であれそれなりに議論は噛み合うのかもしれない。
しかし、「レベル1」の部分だけを見て「そんなにおかしな意見じゃない」と言い出す人、「レベル2」の部分だけを見て過剰に反発する人が大量に参入する事により議論は混迷を極める(そして永遠に収束しない)。
小倉先生は、プロバイダ責任制限法の改正によって、この「レベル1」「レベル2」を同時に実現しようとしている。
おおざっぱに言うと、
第三条(損害賠償責任の制限)の改正が、レベル1の実現に対応し、
第四条(発信者情報の開示請求等)の改正で、レベル2の実現を目論んでいる。
トレーサビリティだけの問題なら、第三条の改正(ユーザの住所氏名の把握)だけで済む。ところが、第四条まで改正し、発信者情報の開示条件を大幅に緩める事で「真っ当な批判」さえも抑制しようというのが小倉案の全貌だ。
そして、ここが重要なのだが、ised議事録における講演では、小倉先生はプロバイダ責任制限法改正の説明を第三条のみ詳細に論じ、第4条については殆ど具体的な説明をしていない。つまり法改正案の「比較的受け入れられやすい部分」しか説明していないのだ。
案の定、ised議事録でも、他のパネラーの方には「レベル2」の部分が伝わっていない。
例えば高木先生の次のコメント。
誹謗中傷のつもりがなくコメントしたのに激怒されてしまったとします。じゃあこれは誰だということになったとき、法律によってどこまで明かされるのかがポイントになる。
もしこれが本人の住所氏名までだとすれば、これは訴訟目的のものでしょう。
第四条の改正について認識していない為に、これは「訴訟目的」だと高木さんは解釈している。私もそれであればある程度理解できる。
しかし実際はどうか。
あらためて小倉先生のエントリー「共通ID構想等に向けてのプロバイダ責任制限法改正案」 から、該当部分の条文を見てみよう。
発信者情報開示が認められる条件の部分だ。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことについて
損害賠償又は侵害行為差止めその他の訴訟を提起したならば勝訴の見込みがないとはいえないとき。
つまり、「仮に訴訟したとすると勝訴の見込みがゼロではない」という条件で発信者情報は開示されてしまう。
ちなみに現行の法案ではこうなっている。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき
つまり、現行では個人情報の開示は明白な「不法行為」に限定されている。
逆に言えば、小倉さんの改正案は「不法行為と言い切れない」「訴訟目的ではない」場合でもバンバン個人情報を開示していこうという意図は明らかだ。そうでなければ「社会的制裁」は機能しないわけだし、そもそも四条改正の必要は無いわけだし。
そして、前エントリーでも注目発言として挙げたこの部分。
しかしだからといって、他人を批判したとき、必ずその相手から氏名住所の開示請求を受けたら、
開示するような制度にすべきだろうか。そこは考える余地があると思います。
繰り返しになるが、小倉さん自身がそう考えているとしたら議論の余地はある。
実りある議論にする為には、正しく議題設定する必要があるだろう。
個人的な見解としては、「レベル1」の部分は意図としてある程度理解できる。この部分の議論のポイントはやはりコスト等を含めた「実現可能性」になるだろう。
そして、「レベル2」の部分はおおいに疑問がある。小倉先生自身、「考える余地はある」とおっしゃっている。
町村先生のこのエントリー を見ても、すごいコメント数になっている。まさに「混迷」する議論。さすがにこれほど大量のコメントになると議論を追う意欲が萎える。
有意義な議論にするには、小倉先生の意図を正確に把握する必要がある。
ised議事録エントリー後編は次のエントリーで。