2ヶ月前に書いた「日本のインターネット、マジやばくね?」 の続き。
前回のエントリーは想像を遥かに超える反響で、投稿後5日間で10万PVを超えた。
まず本論への導入として、前回のエントリーを書いた意図についてちょっと説明しておきたい。
個人的な話になるが、私は1998年にとあるIT企業を退職し、その1年後、1999年からWEBビジネスに関わりを持つようになった。
で、その1999年当時と比べて、一般ユーザのネット環境が劇的に改善し始めた2003年以降の日本の状況に漠然とした違和感を感じていた。一言で言えば「バランスがとれていない」と感じていた。その違和感は今でも払拭されないままだ。そんな折、前回取り上げた日経コミュニケーションの記事をたまたま読んだ。そこでのIIJ鈴木社長のインタビューこそが、私が感じていた違和感をピンポイントで言い当てていると思った。ココがこの議論のキモだと思うので、あらためて引用する。
(引用者注:インタビュアーの発言)
■しかし安価な料金が日本をブロードバンドで世界一の地位に押し上げた。
(引用者注:以下鈴木氏)
「世界一安い」なんてバカげてる。安さばかりを追求しているのは日本と韓国だけだ。
日本と米国のインターネットは全く違う。米国はインターネットを含め、プラットフォームの値段を安くする事には非常に慎重だ。Mビット/秒あたりの単価を見ても、日本は米国の30分の1。世界平均と比べると50分の1だ。米国はインフラに金が落ちているから破綻することはないが、日本は非常に危険な状況にある。
基本的に、値段が安く品質が良いというのは素晴らしい事だ。私だってその恩恵に与っている。しかしだからこそ、この問題は落としどころの難しいやっかいな問題なんだと思う。
ちなみに、私が前回引用した日経の記事で全面的に賛同できるのはこのインタビュー部分だけなのだが言葉足らずでその辺がうまく伝わらなかったみたいなので、そのあたりを中心に話を進めたい。
「バランスがとれていない」というのは具体的にどういう事か。
前回のエントリーでは「アクセス系と幹線系の収益不均衡」と表現したが、ちょっと言い方が悪かったかもしれない。WEBビジネスに携わっていて肌で実感していたのは、幹線系というよりはサーバ側回線(ファーストワンマイル)とのバランスの悪さだ。
1999年当時アクセス回線の主流はISDN(INS64)。いわゆる2B+Dいうやつで、通常の接続では回線速度64kbps。アナログモデム利用者も相当数いて、33.6kbps~56kbps。
対してサーバ側は、自社に置いて直接専用線を引き込むパターンが多かった様に思う。というか、当時のデータセンター(以下iDC)回線相場が判らないというのもあるのだが、普及型のエコノミー専用線で128kbps、T1回線だと1.5Mbps。
サーバ~クライアントというのは一対多の関係なので、不特定多数のクライアントリクエストがサーバ側で集束する事になる。当然サーバ側回線の方がより広帯域を求められる。計算上エコノミー専用線で64kbps2回線分、一応は「広帯域」だった。少なくともTCP/IPの1コネクションにおいてサーバ側がボトルネックになる事は無かった。月額3万数千円という価格でも1クライアントに対する帯域優位は最低限確保できたのである。
T1回線だと64kbps約24回線分の同時収容能力があって、それで月額30万円前後。そんな時代だった。
自分にはこの当時の感覚がベースとしてある。
翻って、昨今の状況はどうか。
まずアクセス回線は基本的にベストエフォート(帯域非保証)だが、実測値ベースで光回線がおおよそ数Mbps~数十Mbps位、ADSL/ケーブルだと数百kbps~十数Mbpsといったところか。価格はより安価になり、かつ回線速度は数百倍~数千倍と劇的に進化した。
対して、サーバ側はiDC設置が主流と言って良いだろう。ちょっと調べてみたがほとんどのiDCはネット上に回線価格を公表してなかった。探した中では唯一、eおおさかiDCが公表(PDF) しているのを見つけたのでそこから引くと、1Mbpsで¥115,500、10Mbpsだと¥304,500。それ以上は1Mbps増強につき¥21,000。
ホスティング事業者系で見ると、例えばAT-Link の場合20Mbpsで¥399,000。
確かにサーバ側回線も1999年当時に比べればかなり広帯域かつ安くはなっている。しかしそれでも実際に運用されている数からすると数Mbps~数十Mbpsのサーバ回線が殆どのはずだ。
具体的な統計データがある訳ではないが、前述したeおおさかiDCやAT-Link、それ以外の事業者の価格表を見ても回線メニューは10Mbps前後を中心に組まれている。という事はここらへんが売れ筋と推測できる。100Mbps以上が主流になっていればこんな価格表にはならないはずだし、私が実際に業務で抱えているクライアントにしても数Mbpsのバックボーンが殆どだ。大資本の企業サイトや主なポータルサイトを除けば、おそらくどこも似たような状況ではないか。
つまり、現在では1コネクションでさえもサーバ側回線がボトルネックになっているという状況が日本全国で当たり前のように起きているという事。サーバサイドの帯域優位が全然確保できていない。道路に例えれば、複数の3車線道路が1本の2車線道路に合流するようなもので、これは明らかに「いびつ」だ。この「いびつさ」がこれまでさほど目立たなかったのは、そこを流れるトラフィック量が極小だったからに過ぎない。複数の3車線道路が1本の2車線道路に合流したところで、殆ど車が通ってなければ渋滞は起きない。今後トラフィックが増えるに従ってこの問題は次第に顕在化してくる。
実はこの音極道茶室を運営しているサーバも、恥ずかしくて言えないくらいの極細回線だ。このブログへのアクセスは少なくとも90%以上の確率でサーバ回線がボトルネックになってるはずだが、テキストベースのブログ程度だから今のところ苦情は来ていない、というだけの話だ。
それでも月額¥60,000円の回線使用料をiDCに支払っている。でもって、月額¥5000程度のBフレッツ経由でオフィスにインバウンドさせている試験用サーバが桁違いにレスポンスが良かったりするもんだから、ますますアホらしくなる。帯域保証って何よ?なんか間違ってないか?
逆に、1999年当時の帯域優位性を現在のインターネットで実現する場合を考えてみるともっと判りやすい。
実測20Mbpsの光回線ユーザを基準に考えたとして、INS64に対するT1回線と同等の収容能力を確保しようとするとサーバ側には480Mbpsの帯域が必要な計算になる。1Mbps1万円で見積もっても、月額480万円。当時のT1回線の16倍近い額になってしまう。
しかもブロードバンドコンテンツは基本的にユーザの帯域占有時間が長い。ネットで映画鑑賞までする時代だ。サーバ側に要求される帯域レベルは1999年当時より遥かにシビアなはず。これではとてもじゃないが小規模ベンチャー企業などは手が出せない。このままこの「いびつさ」が是正されなければ、ブロードバンド時代はプロバイダだけじゃなくサービス事業者にとっても受難の時代になる。
それにしても、GYAOは大丈夫なんだろうか。自前でインフラを持っているとは言え、ランニングコストがべらぼうにかかっているのは想像に難くない。さらに昨今の「ただ乗り論」の影響もあってか、直接相互接続していないプロバイダに対してUSENが独自にヒアリングを実施し、回答のあったプロバイダとはコスト負担についての個別協議が始まっているという。そんなコストは想定外のはずだ。
広告料にしたってそもそもテレビCM相場より遥かに安い上に、GYAOユーザ900万人が同時視聴したと(のべ人数なのでこれが実数では無いのは承知の上で)仮定してもテレビ視聴率に換算するとたかだか15%。
結局最後は有料アダルトコンテンツで稼ぐしかないのか?などと思ってしまう。なんとも虚しい話だ。
いずれにしろ、今後ますますインターネットのトラフィック量は増え続ける。GYAOが潰れたとしてもWinnyがネットから消えたとしても、それに替わるものが現れるだけだ。この流れは誰にも止められない。
そして、トラフィックの増加に伴って、「いびつ」な部分が顕在化する。基幹・中継インフラやファーストワンマイルに増強圧力がかかる。世界一早くて安いアクセス回線が普及してしまった日本は、他のどこの国よりもこの圧力が強い。
その増強コストを誰がどう分担するのか。
日本が固有に抱える問題を一言で言うなら、そういう事なんだと思う。
このエントリーを書こうと思った矢先、前回のエントリーでも引用させて頂いたmichikaifuさんがまたまたタイムリーなエントリーを書かれた。
Tech Mom from Silicon Valley – 「インフラただ乗り論」日米の違い より以下抜粋。
アメリカでは、ボトルネックはバックボーンでなく、ブロードバンドのアクセス部分だ。
バックボーンが業者間取引なのに対し、これは消費者向けのサービスなので、
おのずとチャージできる金額に限界がある。
チャージできる金額に限界がある部分が、ボトルネックとして機能しているアメリカは健全だと思う。
そして、やっぱりココが日米の決定的な違いなんじゃないかという思いを強くした。
前回のエントリーの締めに書いた
「日本のインターネットに従量課金が復活するのは、すぐ目の前と見た。」
と言うのは、いささか極論だったかもしれない。
ただ、ちょっと補足すると、何もダイヤルアップ時代の様な従量課金が復活すると言っているのではなく、ある程度の転送量しきい値を設定した上で、それを超える「重度のヘビーユーザー」にさらなるコスト負担を求める事でトラフィック増大の速度を幾らかでも鈍化させ、同時にコスト面でもアクセスユーザから幾分かのペイバックを見込む、というのは現実的に一番妥当な落としどころではないのかな、と2ヶ月経った今でも思っている。