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ファイルローグ事件とは結局何だったのか

ファイルローグ裁判にて、被告である日本MMOの敗訴が確定して早3週間が過ぎた。
最近では(なぜか)ファイルローグの件がネットにおける匿名実名論議にまで引き合いに出される事もあり、この事件については一度きっちりと総括しておく必要があるかな、と感じていた。結局、ファイルローグ事件とは何だったのだろうか。個人的な所感を交えながら順を追ってまとめてみたいと思う。

●ナプスターの衝撃

ファイルローグ事件を語るとき、ナプスターの存在は避けて通れない。何を隠そう私もかつてはナプスターユーザだった。あれは2000年初旬だったろうか、初めてナプスターを使った時の衝撃は今でも忘れられない。まさに夢のサービス、一言で言うとナプスターは音楽愛好家にとっての『ドラえもんのポケット』だった。市販されていないものも含めて欲しい音源はほとんど探し当てられた。ユーザが3000万人前後と言われていたナプスターの最盛期である。
東芝EMIの記念イベントで一度だけ実現した「椎名林檎と宇多田ヒカルのデュエット」の音源なんかも手に入れた記憶がある。当時ジャッキーチェンの大ファンだった友人に頼まれて検索したところ、ジャッキーチェンが歌うレアな楽曲の音源が60曲近くヒットした。とにかくあれこれと検索するのが楽しくて仕方が無かった。そしてこう思ったものだ。(これなら有料でも全然かまわない。なんとしても合法的なサービスになって欲しい)と。当時、既にナプスターは全米レコード協会から著作権侵害で訴えられていた。世界中の音楽ファンが裁判の行方を注目していた。正直なところナプスターの立場は不利だったが、落としどころはあった。金銭面で原告側とナプスターの和解が成立して、あらためて許諾を得た上でナプスターが合法的有料サービスとして(サービスの質を落とさずに)生き残るのを願った。しかし結果は最悪。ナプスター側は10億円の和解金を用意したが原告側がそれをつっぱね、逃げ場を失ったナプスターは著作権付楽曲の自主的なフィルタリングを開始。結局13万曲以上の著作権付楽曲がフィルタリングされ、急速に魅力を失ったナプスターからユーザは離れ、ナプスターは事実上崩壊した。これが2001年の出来事である。

●ファイルローグの登場

2001年11月、日本で初の法人によるP2Pサービス、ファイルローグが登場した。運営は有限会社日本MMO。「中央サーバ」がインデクスを管理し、ユーザは専用のクライアントソフトを各自のパソコンにインストールする。まさに「日本版ナプスター」と言っていい内容だった。
ナプスターと違う点は「ノーティス・アンド・テイクダウン手続き」を実装した点。これはおおざっぱに言うと、著作権者がファイルローグに対して直接著作権侵害楽曲の削除を申し立てる事ができる窓口を用意した、というところか。日本MMOはこの「ノーティス・アンド・テイクダウン手続き」の実装を以って自社のサービスを「合法である」と主張したかったようだ。実際、サービス主体である日本MMOの松田道人社長がインプレスのインタビュー記事で自身そう述べている。

●あまりにお粗末だったファイルローグの戦略

正直言ってファイルローグは最初から戦略を誤ったとしか言い様がない。本気でこのサービスを軌道に乗せる為には、著作権者への事前根回しは必須だったはずだ。今もレンタルCDが合法サービスでいられるのは著作権者の許諾をとっているからに過ぎない。著作権ビジネスを巡るトラブル解決のカギは、単純化すると「著作権者のOKをいかに取り付けるか」に尽きる。ビジネス戦略としては、著作権者が納得できるインセンティブを最初に提示すべきだった。彼らはナプスターの失敗から何も学ばなかったと言われても仕方あるまい。「ノーティス・アンド・テイクダウン手続き」というのは、ぶっちゃけて言うと「文句があったら受け付けますよ」という意志表明でしかない。そもそも違法ファイルを事前にチェックする仕組みでは無いわけだから、一度は必ず違法ファイルでもインデクスされてしまうわけだ。著作権者側に歩み寄ろうという態度ではないし第一著作権者側に何一つメリットを提示できていない。しかも彼らの過ちはそれだけではなかった。以下は前述した松田社長インタビューからの抜粋。

― これまでに削除した件数はどのくらいですか?
松田:現時点で1件も申し立てはありません。申し立てがなければ法律的に問題はないとの認識です。レコード協会側は、「ノーティス・アンド・テイクダウン手続き」は不十分なものであるとの認識です。つまり、彼らは未然に違法なファイルが上がらないようにすべきとの主張です。一方、我々は「ファイルローグ」に上がっているものについて、著作権者からの申告があった場合に降ろすというスタンスです。この点で、食い違いが生じています。

なんと、サービスインから約3ヶ月(インタビュー記事は2002年2月20日付け)の間、自主的なチェックは一切行わず「申し立てが無ければ合法」という運営方針だったと社長自らが語っているのだ。そして申し立ては一件も無かったとも。つまり違法ファイルの削除は一件も行っていなかった。ナプスター崩壊の過程を考えればこれはあまりにも見通しが甘すぎた。ポーズだけでも違法ユーザへの取り組みをアピールできなかったのか。こんな運営スタンスでどうやって原告側との和解を勝ち取れると思っていたのか。これじゃあ素人目にも「まじめにやってるのか?」と疑問に思わざるを得ない。この時点でファイルローグの末路は決定的だったんだと思う。

●裁判のポイント

そして(案の定)日本MMOは2002年1月、JASRACと日本レコード協会から著作権侵害で訴えられる。ナプスター裁判の時と比較して日本MMOに期待できる点があるとすれば
(1).日本の著作権法はアメリカの著作権法と同一ではない事
(2).ノーティス・アンド・テイクダウン手続きの実装
の2点だろう。しかし結果的には(2)は被告を守る盾にはならなかった。(1)に至ってはむしろさらに被告に不利に働いたようだ。
結局、東京地裁判決において日本MMOは著作権侵害の主体とされた訳だがその法的根拠は以下の様な判断だったらしい。

電子ファイルを共有フォルダに蔵置したまま被告サーバに接続した送信者のパソコンは中央サーバと一体となって情報の記録された自動公衆送信装置(著作権法2条1項9号の5イ)に当たるということができ、その時点で、当該電子ファイルの送信可能化(同号ロ)がされたものと解することができ、上記電子ファイルが受信側パソコンに送信された時点で同電子ファイルの自動公衆送信がされたものと解することができる。

「日本の著作権法がさらに被告に不利に働いたようだ」と前述した理由は太字強調部分にある。自動公衆送信や送信可能化権に関する規定はアメリカの著作権法には無い。そのせいかナプスター裁判では、違法ファイルの受信者についての判断まで踏み込んでいる。日本の著作権法ではそこまで踏み込まなくても違法である事は明白だったと解釈できる。
ただ、この判決に疑問を呈する声もある。音楽著作権ビジネスに切り込んだ良書『だれが「音楽」を殺すのか』で著者の津田大介氏はこう語る。以下抜粋。

ナプスター裁判にこそ勝訴した音楽業界だが、その後のファイル交換ソフトを巡る裁判では、どこの国でも「ファイル交換ソフトそのものが悪いのではなく、ファイル交換ソフトを使って違法行為を行うユーザーが悪いのだ」という理由で負けている。海外ではファイル交換ソフトそのものを著作権侵害の主体と認定するケースは減ってきている。(最近ではほとんどない)。その意味で、ファイルローグの一審判決は、国際的な潮流から外れた判決だったと言える。

この津田氏の見解にはちょっと同意しかねる部分が正直ある。原告が敗訴している裁判はどれも「運営主体の無い」ファイル交換ソフトだからだ。中央サーバーが全てを仲介するナプスターやファイルローグとは分けて考えるべきではないか。ファイル交換ソフトの作者に相当するのはファイルローグで言うところの
「クライアントソフトを開発した者」「サーバシステムを構築した者」ではないか。「運用主体」とは分けて考えるのが妥当だと思う。
ちなみに「ソフト開発者に著作権侵害の責任を問う」考え方は、例えて言うなら「包丁使った殺人があったとして、包丁メーカーに殺人幇助を問えるか?」というのと同じくらいナンセンスに感じる。そういう意味で原告が敗訴した幾つかの裁判結果も妥当だと思うし、逆の言い方をすると「中央サーバー不在」のP2Pシステムは合法なビジネスモデルにはなり得ない。根本的にアンダーグラウンドから脱却できないアーキテクチャなのだ。対して「中央サーバー型」システムは、ビジネスモデルを目指した故の選択なわけで、そこにある程度リスクが発生するのもやむを得ないという事ではないだろうか。

●日米に共通する「原告」の過ち

裁判に勝ったからといってナプスターを訴えたRIAAやファイルローグを訴えたJASRAC,RIAJが賢い選択をしたとは全く思わない。むしろ最悪の判断だっと思う
あらゆる著作権ビジネスはつまるところ「複製ビジネス」だ。法的には、アマチュアが作った駄作も世紀の名作も同じ「著作物」に過ぎないのだが、ビジネス的には違う。多くの人が支持してこその「コピー」であり、駄作は誰もコピーしない。合法であれ違法であれ、「コピー」には必ずニーズがあり、あらゆるコピー行為はビジネスチャンスであるはずだ。著作権者が目指すべきは「複製の促進」であって「排除」ではない。問題はそこからどうやって対価を徴収するかであって、「複製の抑制」に取り組むのはマーケットの萎縮に繋がるだけではないか。CCCDを含め、著作権業界は何か勘違いをしている。
RIAAがもしナプスターと和解していたら…音楽業界は今頃もっともっと活力のある面白い状況になっていたのではないか。結局、音楽配信で現在リーディングになりつつあるiTMSの主体がAppleだというのも象徴的だ。

●ユーザの個人情報登録について

多くの方はご存知かもしれないが、ファイルローグ裁判で被告側の弁護を担当したのは小倉秀夫弁護士である。小倉氏はこの裁判の判決について言及するに、「ユーザに戸籍上の氏名および住民票上の住所を正しく登録させていないから過失あり」という論点をかなり重要視しているようだ。私が「ナプスター裁判との比較」という視点から抜け出せない為かもしれないが、ユーザの個人情報がこの裁判の主たる争点とはどうしても思えない。日本MMOがユーザの個人情報を正しく把握していれば裁判の結果が変わっていた??正直想像できない。それとも、裁判結果とは別の次元でこの判決の判断には問題があったという事なのだろうか。このファイルローグ事件における「ユーザ個人情報」については、はてなの住所登録騒動の時もはてな側の見解で引き合いに出されている。このあたりは後日あらためて考察してみたいと思う。
[追記]
ファイルローグとは、結局「ナプスターの亡霊」でしかなかった。P2Pのパイオニアとして、曲がりなりにも一世を風靡したナプスターに比べて、その崩壊後に立ち上がった後発としてはあまりに準備が甘かった。そういう意味では、ど素人がこういうのも僭越かもしれないが小倉弁護士にとっても酷な裁判だったんじゃないかと思う。ただ、この事件を以ってP2Pビジネスの目が無くなったとは思わない。音楽業界がその気になればいつでも「合法」になるのだから。「レコミュニ」の様な斬新なサービスが次々台頭してくるのを切に願う。※どなたか招待プリーズ!と言ってみるw
[参考リンク]
ファイルローグ判決文
ファイルローグ裁判、日本MMO側の敗訴が確定
ナップスター事件とファイルローグ事件の比較

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トレーサビリティを巡って(3)

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