ised倫理研第7回議事録を読み解く(後編)



前編はこちら
前編では「共通ID構想へのカウンター」の途中だったが、当初の予定を変更して共通IDについての言及は最後段にまとめる事とし、倫理研の議論の中で特に興味深かった部分にフォーカスを絞りたいと思う。

「オルタナティブとしてのネット空間」は不要なのか

倫理研第7回の議論が面白いものになったのは、東氏が小倉さんの問題提起を「倫理研のテーマに近づけるために」再定義したのが大きいと思う。これはGood Jobだと思った。
具体的にはこの部分。

東浩紀
 議論を整理しましょう。ネット上の言論、北田さんの表現を使えば
CMC(Computer Mediated Communication)ですが、その価値を評価するときにふたつの立場があるわけです。
それを現実空間からの自律性において評価するか、それとも自律性はむしろネガティブにしか働いていないと
考える
か。白田さんの場合は前者で、自律性を評価している。
後者の立場であれば、ネットはこれからは現実空間により従属したサブシステムにすべき
ということになる。小倉さんはこちらですね

そして、北田氏がそれに応える。

 というのも、CMCは現実のオルタナティブじゃないとまずいと思います
リアルの権力構造がネットにも入ってしまったら、絶対に勝てない人が出てきてしまうでしょう。
だからせめてネットの中だけでも勝てる状況があるべきではないか。
それが公正の一要素だと思うんですね。逆に不正なシステムというのは、負けた人間が
絶対に勝ち上がれないシステムのことだと思います。負けても再び勝ち上がれる経路が常に
保障されていれば、たとえ優賞劣敗が生じたとしてもそれは正当なシステムといいうる。
かつて言論空間はこうしたフラットな空間だったと思うんです。

ネットは、現実社会のオルタナティブたるべきか否か。倫理研の議論の中で、このアジェンダ設定は大きな流れの一つだった。そして、その視点から言えば白田氏も北田氏も小倉さんとの立場の違いが明確だ。
自律性」「オルタナティブ」といったキーワードがブレイクダウンされ、議論はさらに面白い展開を見せる。以下抜粋。

加野瀬:
 共通IDで討議の空間をつくっても、おそらく不満が生まれて匿名空間に流れると思います。
実例を挙げれば、2ちゃんねるのSNS板にはmixiのスレッドがアホみたいにあって、
mixiで感じた不満がこれまたアホみたいに書いてあります(笑)。
東さんは2ちゃんねるのことを「悪口で繋がる自由」*2とおっしゃていた。
しかしmixiは顕名で繋がる社会性になっているので、ポジティブなことで繋がるしかない。
顕名的な空間だと、ネガティブなことは絶対に許されないわけです。

東:
 そしてネガティブな欲求は2ちゃんねるに流れていく。

加野瀬:
 2ちゃんねるとmixiというのはポジとネガの関係だと思います。それが客観的に分かるので面白い。

これは言い換えると、「mixi」のオルタナティブとしての「2ちゃんねる」という側面があるという事。もちろん「mixi」がオフライン空間に近い性質を併せ持っているから、という部分も無くはない。しかし、「mixi」だって紛れも無い「ネット空間」だ。
つまり、オルタナティブとしての「ネット」空間の中に、さらなるオルタナティブがある。多重化された階層がある。これは面白い指摘だと思う。
考えてみると、「多重化されたオルタナティブ空間」はむしろオフライン社会の方が顕著に見られるものかもしれない。
例えば、「懇親会」や「打ち上げ」と称する所謂「酒の席」が古くから日本社会におけるオルタナティブな空間として機能していた。「無礼講」とは、日常とは別のコミュニケーション規範を持ち込もうという意志表示に他ならない。
そして、「2次会」はさらに「1次会」のオルタナティブとして、よりホンネを語りあえる場として機能していたりする。4次会くらいになると、残った少人数ですっかり気を許しあい人生まで語りあってたりするのだ(笑)。
「酒の席」だけでなく、オフライン社会ではある意味ネット以上に「オルタナティブな空間」が幾重にもフラクタルの様に複雑な階層を為している。そして我々は無意識のうちにそれぞれの空間を使い分け、コミュニケーションレベルを切り替えているのだ。
対して、ネットにはその様な「細やかなコミュニケーションレベルの使い分け」は不要だ。
ネットではあらゆる発言が公衆の面前に晒される。前述の「酒の席」に例えるなら、2次会や3次会で為されるような上司の悪口もクライアントに対する不平不満も全て筒抜けだ。そういう意味で、ネットがある種の「残酷さ」を本質的に持っている事は確かだ。
じゃあ、その「残酷さ」は全て排除されるべきものなのだろうか。「本音」というのは時に残酷なものだ。
「2ちゃんねるの自分に関するスレッドをチェックする」と公言する芸能人が何人もいる。そこは、噂の主にとっては「残酷な場所」だろう。なぜわざわざ見に行くのか。視聴者の忌憚無い本心がそこにあると知っているからではないか。
結局小倉さんの発想は、「オルタナティブな言論空間」そのものを否定するものだ。またまた「酒の席」に例えれば、「一次会で帰った上司が、二次会三次会で誰が自分を批判したのかトレースできるようにしよう」というものだ。
あらゆる風評が本人の耳に入ってきてしまうネット特有の「残酷さ」を問題にしているのはよく判る。
しかし何か問題解決のベクトルが違っていないだろうか。isedの議事録を読む限りでは、ネットがオフライン社会の「オルタナティブ」である事自体を問題視している人は小倉さん以外にいないように見える。

共通ID構想の実現可能性について

小倉さんの主張は、問題提起としては価値のあるものだと思うし、だからこそisedの議論も盛り上ったのだとは思う。しかし、それは実現可能性とは分けて考えるべき。議事録での高木先生の発言から引用。

高木:
 そういう仕組みもあっていいとは思うんですよ。たとえばこの場の議論をネット上でやろうとしても、
たしかになりすましや自作自演が邪魔になる。そこで共通IDのメカニズムがあれば、そうした存在を排除した
コミュニティをつくることができる。ただ現状では不可能です。一応はてなダイアリーで閉じてやることもできますが。
そして小倉さんの議論というのは、法改正も含めた上で事業者のインセンティブをいじり、皆がID制度を採用するような
方向に持っていこうというものです。しかしそこまで必要なのだろうかという議論と、少なくとも現状はそうしたことが
できないという議論は分けておく必要があります

なぜ高木さんは「不可能」という極めて強い表現を用いたのか。
なぜ議論を「分けておく」必要があるのか。
パネラーの方々の中で最も技術的見識の高い氏の発言だけにその言葉は重い。
で、ここからは個人的な見解。
結論から言うと、私見では小倉先生のイメージするような共通ID構想が実現する可能性は限りなく低い。まずは、共通ID構想実現までに超えなければならないハードルを箇条書きにしてみよう。

  1. 法改正の必要性を社会に認知させる(啓蒙)
  2. 法改正を立法府における議論の俎上に乗せる
  3. プロバイダ責任制限法の改正を実現する
  4. プロバイダ各社が免責をあきらめずにユーザの実名登録を選択する
  5. 共通ID管理運用専門の民間法人が起業する
  6. プロバイダ・共通ID業者双方が経営的に軌道に乗る
  7. ブログや掲示板のユーザがFC2等の海外法人に流れるのを防止する

ハッキリ言って全項目実現可能性の高いものは一つも無い。仮に各項目の実現可能性を30%と見積もっても(超甘い!)全てのハードルを越えられる確率は0.02%になる。
項目ごとの詳細な説明を始めるとそれぞれエントリー1本分くらいのテキスト量になっちゃいそうなのでここでは省くが、比較的実現性の高い項目をしいて挙げるならば、2と3。PSE法の様な法律が施行されてしまうのを見ると、悪法が必ずしも駆逐されるとは言い切れない。しかし、万が一法改正が実現したところで、その後の流れは市場原理に委ねざるを得ない。そうなった場合コスト面から見ても事業者意識から見てもユーザ心理から見ても上記の様なストーリーで事が運ぶとはとても考えられない。
最初から実現性は限りなく低いと考えていたが、4月10日のブログファン調査でアクティブユーザシェア1位 (※4月17日の調査では再び2位)となったFC2が米国法人と知って、その思いは決定的となった。
あと、ユーザの個人情報に対する事業者側の意識という点についてはこれまで共通ID論争でもあまり語られていなかったので参考リンクを1つご紹介。(個人情報保護法施行後は特に)WEB事業者はこのスタンスがデフォルトと思う。(つまり、共通ID専門業者、なるものはそれだけリスキーで、余程ビジネス的旨みが無い限り誰も手を出さない分野という事)
「不要な個人情報は求めない」ヤフー井上社長、情報セキュリティを語る
以下抜粋。

 これを実現するために最も重要としているのは、「必要以上に情報を収集しない、蓄積しない」ということだ。例えば、ある年齢層に向けた広告を出すために個人情報を取得する際は、わざわざ生年月日を求めるのではなく、生年のみを要求する。エリアを絞った広告を出す場合には、郵便番号で十分なため住所を要求しない。井上社長は、「持っていない個人情報は絶対に漏洩しない」と語る。

[補足]
言葉足らずの部分は多々あると自覚しているが、とにかく共通IDネタは話が長くなり過ぎて疲れる。(小倉さんが構想全体を練り直さない限り)小倉さんの構想が実現する日はこないと確信しているし、この話題をこれ以上引っ張る意味も最早感じない。ので、この話題は多分これで最後。コメント欄には(溜まっているものも含め)レスします。


[さらに追記]
忘れてた!議事録公開前から、isedエントリーを書く時はこれで締めようと思ってたんだった。
加野瀬さんのエントリー
「空気を読む」は「言論の予測市場」
こちらのエントリーで、ised倫理研の打ち上げの模様がリポートされている。

 isedの終電を過ぎた後の打ち上げで、時差ボケで疲れているといった東浩紀さんが急に2ちゃんねるに書き込む!と言い出して、2ちゃんねるの哲学板の自分のスレに「いまから15分すべての質問に答えます」と書き込み。15分過ぎても答えるサービス精神を発揮し、結局始発まで答えてました。

詳細は是非リンク先を参照してください。写真付きでおもしろいっす。この様な光景が、共通ID議論の直後に展開されていた訳です。はからずも本エントリーの話とうまいことリンクした(笑)。やっぱ「打ち上げ」は「オルタナティブ」ですな。
おあとがよろしいようで。