カテゴリー
スポーツ・格闘

ised倫理研第7回議事録を読み解く(前編)

ised倫理研第7回の議事録が3月29日にようやく公開された。
議事録を読んだ感想から言うと、「めちゃめちゃ面白かった」の一言に尽きる。
isedの議論の中でも特に盛り上った部類に入るんじゃないかなあ。少なくともオグリンウォッチャーとしては実に興味深い内容だった。
「共通ID小倉案」としてこれほど詳細に纏まっているテキストもこれが初めてだろうし、それに対する代表的な反論の数々もこの議論の中に凝縮されている。加えて、これまでの小倉先生には見られなかった注目発言も幾つか見られた。
正直中身が濃厚過ぎて(笑)この議論を整理するのは少々荷が重いのだが、なんとか私なりのレベルでこの興味深い議論を読み解いていこうと思う。長文になりそうな予感。

小倉式共通IDの概要

議事録の冒頭は、小倉先生の講演から始まる。ここでは「小倉式共通ID」案の概要が語られている。今回のised議事録を元に、あらためて箇条書きで整理してみよう。

  • 「表現の匿名性」は、現状の日本のネット社会においては議論を活性化するどころか、むしろ阻害要因(いわゆる祭、コメントスクラム等)になっている。
  • 言論の自由市場を本当に活性化するには、匿名性の保障の程度を低くするしかない
  • その具体的な方策として、プロバイダ責任制限法第3条を改正する。すなわち、プロバイダがユーザの戸籍上の名称や住民票の住所を正しく把握している場合に限り、プロバイダがユーザの違法行為から
    免責される事とする。
  • しかし、ユーザの個人情報を取得・保有するのはコストがかなりかかる。ISPならまだしも、これを個々の掲示板管理者に求めるのは現実的ではない。(小倉先生はこの部分を指して「個別ID制度」と呼んでいる)
  • そこで、この高コストな部分(個人情報を登録して保管するといった業務)をアウトソースできる仕組み、すなわちその業務を専門的に行う民間業者に委託する。その専門業者が発行するIDが小倉先生言うところの「共通ID」。

以上が、共通ID案概要。

小倉先生注目発言

さて次に、議事録上で個人的に特に注目した小倉先生の発言をピックアップしてみる。

ここで重要なのは、このIT革命がもたらした言論の自由市場への参入可能性の拡大、いいかえれば参入障壁の崩壊は、法がもともと持っていた「表現の自由」の問題と直接の関係を持たないということです。

小倉先生が過去に「参入障壁」という言葉を用いたのは、ちょっと記憶がない。これは後ほど、「共通ID」の実現可能性を考察する上でキーワードになる。その点については後述。

さらにこうした情報は個人情報保護法上の個人情報にあたりますから、これを取得・保有するためにはコストはかなりかかってしまう。ISPならまだしも、これを個々の掲示板管理者に求めるのは無理があるでしょう。つまり個別ID制度は現実的ではない。

「個別ID制度」自体小倉先生の言葉で詳細に語られる事は今まで殆どなかったと思う。今回の議事録では、小倉先生の言う「個別ID制度」が何を指しているかが判る。しかも、「高コストで現実的でない」とまで言っているのは小倉先生なりのブラッシュアップの成果なのか。

 ただ課題として、開示請求者の権利を侵害しているとまでは言えない場合にも、個人情報の開示を認めるべきかどうかについては、私としても迷っている部分がないわけではありません。たしかに他人を批判する以上、「批判が的外れだった場合には恥を書く」という程度の責任は負って然るべきとは思います。しかしだからといって、他人を批判したとき、必ずその相手から氏名住所の開示請求を受けたら、開示するような制度にすべきだろうか。そこは考える余地があると思います。

ここはまさに、「えーーーーー!?」って気分(笑)。議事録一番のサプライズ。そこが小倉案を批判している最大の理由の一つなのに。小倉さんが「考える余地がある」と言ってる点に、「いや、そこ普通にNGでしょ」とツッコミいれてる訳だから、議論の余地はあるでしょう。小倉さん「でさえ」迷ってるんだったら、そこにフォーカスした批判には耳を傾けてくださいよ。たのんますよ。

 ともあれこの共通ID制度が実現すれば、ファイルローグのようなP2P型のサービスもできるようになる可能性があります。これまでは利用者の住所氏名といった個人情報を集められなかったので、違法な行為に使われるのを止めることができませんでした。しかしこの共通ID制度が実現すれば、違法な利用者に簡単にアクセスすることができるようになります。

今までピンとこなくて気付かなかったのだが、今回の議事録読んでて痛感したのは、小倉さんの「共通ID」構想の原点には「ファイルローグ事件」があるという事。第三者から見ると唐突な感が否めないが小倉さんの中では繋がっている。で、そこに気が付くと、小倉さんの思考プロセスが見えてきて興味深い。

あらためて共通ID構想へのカウンター

1.「コメント欄閉鎖」で十分では?

議事録より引用。

小倉:
 ブログのコメントスクラムと掲示板の炎上の違いについて、以前感覚的に述べたことがあります*1。コメントスクラムというのは、自分の家の前でギャーギャーやられているような感覚があるんですね。自分の家の前で毎日抗議にきたり、ビラをまいたりする人たちに対して、やめろと言うのは当然の権利ではないかと思います。

高木:
 それについては、単純にコメント欄無しのブログにすればいいのではないですか。ただ途中でポリシーを変えると「コメント閉じやがった」と言われてしまうので、最初からコメント欄を設けないようにすればいいのではないか。

「言論の自由」という切り口で見れば、コメント欄を閉鎖してもブログ主の言論の自由が損なわれる事はない。家の前でのビラ撒きに例えるなら、それこそコメント欄閉鎖で完全にシャットアウトできる。
私自身何度か小倉先生のブログで同じ質問したが、その時もこの議事録でも明確な反論は無い。というか、一部で「コメント欄閉鎖は恥ずかしい」みたいな風潮が蔓延している事こそが問題で、もっと積極的にブログ運営スキルとしての「コメント欄閉鎖」を啓蒙する事の方がコメントスクラム防止に有効な方策と思うのだが。
いずれにしろ、議事録でも指摘がある様に「コメントスクラム」を「法改正」の論拠にするのはかなり説得力が弱い。

2.インターネットに「地理的制限」が通用するか?

東氏が共同討議の冒頭で議論を整理した際の発言。

小倉さんの提案は、その指摘のうえでいえば、サイバースベースを再び地理的空間に結びつけよういうものです。

インターネットとは、言うまでも無く「地理的制限」を超えたところに価値があり、だからこそ発展してきた。そういう観点からあらためて共通ID構想を見た時に、本当にその試みが機能するのかという単純な疑問が沸く。
「海外のBlogサービス使えば、プロバイダ責任制限法は適用できない」というのも、前々からある共通ID構想への反論として代表的なもの。例えばアメリカのTypepad.comでブログを開設し、そこでの発言が問題になっても、日本のプロバイダ責任制限法は適用できないだろう。結局、仮にプロバイダ責任制限法が改正されたとしても、それは単に大量のブログユーザが海外のブログサービスに流出するのを促すだけになりはしないか。

3.全てのブログサービス事業者は法改正に反対する

kanose氏の重要な指摘。

加野瀬:
 ネットサービスというのは、基本的にユーザーを増やしたがるものです。しかし共通IDというのは、ユーザーを増やさない方向に行くシステムのような気がします。それを導入するメリットはなにかあるんでしょうか。

そもそも、ブログサービスは現状でもさほどおいしいビジネスではない。そしてブログに限らず「出来るだけ大勢のユーザを囲い込む」のが今のWEBビジネスの大前提だ。広告価値を高めるにもアフィリエイト数を増やすにも「多大なアクセス数」が収益のポイントになる。mixiの場合だと100万ユーザ突破時でさえまだ大赤字だった。加野瀬氏の指摘はその点を突いたものだ。
そこで、前段で引用した小倉先生の「参入障壁」発言である。小倉さんは「参入障壁の崩壊」を問題視している。平たく言うと、「誰でも簡単に参入できるから質が低下する」というわけ。これは言論の質だけを問題にすれば確かに一理ある。
しかし参入障壁を再び高めるというのは、つまるところ参入者数の減少を意味する。言い換えれば市場規模の縮小
共通ID導入によって、事業者にとってはただでさえランニングコストが増加するというのに、それがもたらすものは市場規模の縮小。新しいユーザ層を開拓できるとか、何かプラスの効果があるのなら検討の余地もあるだろう。しかし共通ID構想はサービス事業者には何一つ良い事が無い。こんな法改正に事業者がYesと言う訳が無い。
すべてのブログサービス事業者はこの小倉案の法改正には反対するだろう。
法改正を前提にすれば、共通ID導入のインセンティブが働く可能性も無くはないが、その法改正自体が果たして実現するのか大いに疑問だ。
つーかまだまだ終わりそうもないのでw続きは次エントリーで。

「ised倫理研第7回議事録を読み解く(前編)」への2件の返信

コメントは受け付けていません。