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JASRAC改革の理想形

4月23日、 公正取引委員会が独占禁止法の疑いで日本音楽著作権協会(JASRAC)に立ち入り検査したというニュースはちょっとしたサプライズだった。
そして、案の定というか、多くのブログやニュースサイトがこの件に言及している。
しかし、いつもJASRAC関連の話題になると、どうも話が散漫になってしまう印象があって煮えきれない。著作権や音楽ビジネスに対する理解レベルがバラバラなまま発言者ばかりが増えてきて、結局議論が噛み合わないで収束するというパターンが多すぎる。
そこで、このエントリーではちょっと視点を変えて、JASRACの現状を踏まえた上で、じゃあどのように改革するのがベストだろうか、という方向から、「JASRAC改革の理想形」について考察してみたいと思う。
JASRACがまるですべての著作権問題の元凶であるかのごとく忌み嫌われる様にになって久しいが、JASRAC批判のポイントは大きく分けて2つある。1つは、組織としての「不透明性」であり、もう1つは「権利行使のあり方」だ。
まずはそれぞれについて、具体的な批判項目を列挙してみよう。
前者(不透明性)における批判は、

  • 年間一千億超の著作権使用料を徴収しておきながら(特に配分における)開示情報が少なすぎる
  • 他の公益法人に比べ組織役員の報酬が突出して高額
  • 天下りの温床である
  • まともなガバナンスが働いているとは思えない非民主的な役員選出方法

などなど。
そして、後者(権利行使のあり方)については、

  • (主に生演奏などを提供する)零細飲食店に対する強行な取立て手法
  • 利用料率・徴収金額の妥当性
  • (原著作権者からも利用料を徴収してしまう、などの)柔軟性に欠ける運用

といったところだろうか。
逆の言い方をすると、組織としての「透明性の向上」および「権利行使手法の見直し」が、「理想形」に近づく道だと言い換える事ができる。
このうち、「透明性の向上」については、程度の差こそあれ、大筋ではコンセンサスを得られやすいだろう。
問題は、「権利行使手法の見直し」の方だ。これはそう簡単に結論の出る問題ではない。
実際問題として、今のJASRACのやり方に満足している著作権(信託)者もいるだろう。現行の利用料率では高すぎると思っている人もいる。反対にもっと高くして欲しいと考えている人もいるはずだ。YouTubeに怒り心頭の著作権者もいれば、好意的に見ている人もいる。利用者サイドも然り。零細飲食店でも、もう少し請求額が下がれば喜んで払うという店主もたくさんいるはずだ。要するに考え方が多様化している。
であれば、その多様性を吸収できるシステムこそが「理想に近い」のではないか。結論を出す必要はない。このポイントにこそ市場原理を働かせる意義がある。
もう1つ忘れてならないのは、現行のJASRACが決して「デメリットの塊」ではないという事だ。有効に機能している部分もある。特に今回立ち入り検査の要因となった「包括的利用許諾契約」は有効に機能している部分の1つだと考えている。
もちろん現行の「包括契約」に改善すべき点はある。だからこそ公取委は問題視しているわけで、それは理解できる。
しかし、利用許諾手続きの煩雑化は、著作物利用のモチベーション低下を招き、ひいてはマーケット全体を縮小させる。
実際、海外でも多くの国が放送利用における包括契約を採用している様だ。細かい修正は必要でも、「許諾手続きの簡略化」という考え方自体は間違っていない。
以上の点をすべて踏まえた上で、以下はJASRAC改革の私案。
結論から言ってしまうと、 池田信夫氏が提唱している案に極めて近い。JASRACの分割(民営化?)だ。郵政民営化をヒントにしている点も同じ。
ただ、池田氏のエントリーだけでは中身についての詳細が判りかねるので、とりあえず自案について詳しく解説してみる。
 
newjasrac.gif
 
まず、公益法人としての現行JASRACは、そのインフラだけをそっくり残して「窓口業務」に専念する。逆に言うと、信託業務をすべて別会社に移行する。つまり、JASRACに直接著作物を信託する著作者はいなくなる。
まさに郵便局のインフラを窓口会社として残した郵政民営化と同じ図式。そして信託業務をさらに三社(A,B,C)に分割する。このうち、信託会社Cは、海外の著作物を専門に扱い、信託会社A,Bは異なる運用ポリシーを掲げて(例えば信託会社Aは大手出版社向け、信託会社Bはインディーズをメインターゲットとして安価な価格設定で流通促進に重きを置く、など)徴収する利用料率などの策定は全て各信託会社で独自に策定する。現行のJASRAC信託者は、信託会社A、Bいずれか(もしくはJRCやイーライセンスなどの既存民間会社のいずれか)とあらためて信託契約を結ぶ。信託会社A,B,Cは窓口業務を新生JASRACへ委託する。新生JASRACは各信託会社の依頼に応じて窓口業務を行う。
ここで重要なポイントが2つあって、1つは、既存の民間管理会社であるJRCやイーライセンスなども、新生JASRACに窓口業務を委託できるようにする事。もう1つは、新生JASRACは各種放送メディアとの間でこれまでとほぼ同等の包括的利用許諾契約を可能とする事だ。
こうする事によって、従来のJASRAC(信託業務)と民間管理会社が真にフラットな競合関係になり、また複数の信託会社を束ねた形での包括契約は必然的に放送メディア側により詳細な楽曲利用履歴の提出を義務付ける事につながる。結果的に著作権者への使用料配分の透明性は向上し、著作権者から見れば多種多様な運用ポリシーの管理会社からより自分の意向に合った会社を選択する事ができる。
まだ、著作権等管理事業法が改正される前(つまり、文字通りJASRACが独占事業だった頃)に行われた 坂本龍一のインタビュー記事がある。その中でのこの発言が、示唆に富んでいる。以下引用。

まずチョイスがあるべきです。レストランは二軒以上欲しい。メニューもいろいろ選びたい。ネット上だけの管理会社もあっていいでしょう。そこに競争が生まれます。実社会と同じです。仲介業務だけ聖域である理由はない。

このインタビューの後、著作権等管理事業法が改正され、民間の管理会社が複数参入し、表面上は「レストラン」が増えた。しかし現実には いまだにJASRACの徴収額シェアは全体の95%を超えると言われる。現実にはそこに二軒目のレストランはまだ無い。そういう現状が公取委立ち入りの背景にある。
一方で、JASRAC批判記事として有名な 週刊ダイヤモンド2005年9.17号の記事 にはこんな記述がある。

「全国の店舗の利用状況を調査して使用料を徴収したり、放送で使われる楽曲を管理するには膨大な手間がかかることから、「民間会社で管理することは不可能」(佐賀芳春・ダイキサウンド取締役)だ。結局、著作権者にしてみれば、全国に徴収網を張り巡らせるジャスラックに丸ごと管理を任せたほうが手っ取り早いため、事実上の独占状態は容易には崩れない」。

 

上記2つの引用記事が私案のヒントとなった。

この様な改革が、どの程度実現可能性があるのかは、あまり深く考えてはいない。多分、ツッコミどころも多々あるだろう。
しかし、細かい事は抜きにして目指すべきゴールをイメージするのも無駄ではないと思う。