結論から言うと、「かなりやばい」感じ。
実際、今の日本のインターネット中枢を支えるリーディング企業TOP達は相当深刻な危機感を抱いているみたいだが、その危機感がイマイチ一般人には伝わってこない。
しかし、内情を知るにつれ、その「深刻さ」が我々にも実感できる。以下、技術的な話に疎い方でも状況が理解できる様、できるだけ噛み砕いて解説を試みる。
まず予備知識として。アメリカのインフラ事情についてもこんな記事が。
オンラインでも「交通渋滞」の懸念–ビデオ配信量の急増を受け(CNET)
要するに、ブロードバンドコンテンツが本格的に普及してきた影響で、プロバイダの回線容量がもーすぐパンクするかも増強費用どうしてくれんだよやべーよって話。日本も根本的には同じような話なんだけど、日本の場合さらにお国事情が問題を深刻にしてる。その点については後述。
で、アメリカの状況に関しては、michikaifuさんの記事がとても参考になる。
「インフラただのり論」は「売り手市場」への変化点—通信が値上がりする時代がついにやって来る!?
注目すべきはこの部分。
中国やインドなどのもともと供給爆発がなかった地域では、すでに回線の逼迫状況が起こっていると聞いていた。しかしなんとついに、アメリカでもそういう話を、最近聞いたのである。
アメリカはそれくらい回線資源に余裕のある国だったという事。ちなみに日本には供給爆発なんてもちろん起こらなかった。それどころかYahooBBが起爆剤となって需要爆発が先に起こってしまった。これについても後述。
要するに日本とアメリカはそれくらい状況が違う。
さて。「アメリカでさえちょいヤバ」という状況を念頭に置いた上で、本題に入る。
日本でも最近、NTTのTOP達が「インフラただ乗りケシカラン!」とGyaOやSkypeを名指しでヤリ玉に挙げ、物議を醸した。日経の以下の記事が話題になった。
「インフラただ乗り」で始まるインターネットの新たな議論
上記記事は「ダイジェスト版」。日経コミュニケーションNo.456号にてさらに具体的な特集記事が読める。以下、WEBのダイジェスト版と、日経の本記事から適宜引用しながら話を進める。
名指しで批判されたGyaOを例に検証してみよう。
まず驚いたのが、GyaOのユーザ数。なんと2006年2月22日時点で720万を超えたという。総務省が発表した昨年9月現在の総ブログ登録者数473万人と比べてもその凄さが判る。
ちなみに日経本記事では、GyaOユーザ数は1月末現在650万人という記述がある。WEB版の方が最新データに差し替えられてるわけだが、これから換算すると22日間で会員が約70万人増加している事になる。1日あたり約3万2000人。これは凄まじい。この会員達が皆500k、1Mbpsといった帯域を占有するのだ。プロバイダ関係者がGyaOの話題で持ち切りになったというのもうなずける。
USENの二木CTOの話によれば、一ヶ月あたりのトラフィック増加が2Gbps。念を押すが総量でなく増加分である。IIJデータセンター札幌-渋谷間のバックボーンが2.4Gだから、データセンター拠点間の総トラフィックに匹敵する量が月ベースで増加している事になる。何度もしつこく言うが1ヶ月の増加分、しかもGyaOオンリーでだ。
さらなるデータを引き合いに出そう。
インターネットインフラにはIXという収束地点がある。プロバイダ間の相互接続などは皆ここで行われる。判りやすく言うとインターネットの大動脈みたいなものか。で、日本にはJPIX,JPNAP,NSPIXPという3大IXがある。日経本記事にはその3大IXの合計トラフィックというデータが紹介されているのだが、2001年末だとその合計値でさえ14Gbpsしかない。2001年末といってもそんなに昔じゃない。ちょうどWindowsXPが発売された頃である。
これが2004年末だと111.1Gbps、そして2005年末(2ヶ月ちょい前)には168.2Gbpsに跳ね上がる。
GyaOのトラフィック増加分を2Gbpsのままで計算しても、それだけで年間24Gbpsの増加。実際にはもっと伸びるかもしれない。一体2006年末にはどんな値になっているのかと考えると空恐ろしい。
まあ、トラフィックの増加だけであれば設備の増強でなんとかなる。しかし、やはり深刻なのはその費用の捻出だ。
GyaOはただ乗りと批判されているが、実際には相当高額なトランジット費用(プロバイダ間接続費用)を支払っている。じゃあなぜGyaOがただ乗りと批判されるかと言うと、トランジット費用はUSENと「直接」相互接続しているプロバイダにしか支払われていないからだ。このあたり、日経本記事には詳しい記述があるのだが、直接相互接続していないプロバイダにとっては、1円も実入りのない形でGyaOトラフィックを支える為の設備増強を行わなければならない。しかも直接相互接続していないプロバイダは(おそらく)零細プロバイダが多い。NTTのGyaO批判はそうした零細プロバイダの悲鳴を代弁したものだ。
なにしろ、(今ではだいぶ改善されてきた様だが)日本の幹線系回線費用からして高すぎる。100Mbpsの回線増強をしただけでも、地方のローカルプロバイダなどはこれだけで死活問題だ。
このままだと地方の零細プロバイダからバタバタと潰れていく。そして、行き場を失ったユーザが大手プロバイダに大量流入する。すると、大手プロバイダも予想以上の回線増強の必要に迫られ汲々とする。で、結局幹線系の回線使用料を大幅に値下げせざるを得なくなる。んで、結果NTTもやばくなる。USENはUSENで嵐の様に増え続ける自社ユーザの回線増強に加えてトランジット費用が膨れ上がって、みーんな共倒れ。
なんて未来にならない?このままだとかなりやばくね?
ここまでは、GyaOが悪者みたいな内容になってしまったかもしれないが、USENはちょっと損な役回りかもしれない。GyaOのトラフィックに関する具体的データもGyaOがオーソドックスな配信形態をとっているからこそ判るもので、データがある分叩かれ役になっちゃってる感もある。例えばSkypeの総トラフィックが今どれくらいあって、月にどのくらいのペースで増加しているか、なんてのは皆目見当がつかない。そういう不透明な要素がまた別の不安感を煽る。
結局GyaOは単なる議論のきっかけに過ぎなくて、日本のインターネットが抱える構造的問題が根本にある。
日本のインターネットの最大の問題は、YahooやUSEN、NTTが繰り広げた際限なきアクセス回線の価格競争と、それが引き起こしたアクセス系と幹線系の収益不均衡にあるんだと思う。
YahooBBが登場した時、誰もが採算ベースに乗るわけはないと思った。それくらい「ありえない」価格設定。しかし、Yahooは力技で乗り切った。街角でキャンペーンのオネーチャンがADSLモデム片手に勧誘するなんて光景はおそらく日本以外には見られなかったのではないか。
結局、シェアを伸ばしたYahooに他の業者も付き合わざるを得なくなり、意地の張り合いが始まった。記憶が定かではないが、B-フレッツにしても現在の価格はNTTが当初予定していた価格設定の半額以下のはずだ。
そのシワ寄せが幹線系の値下げを鈍らせた。アクセス回線で本来得られるべきだった利益を回収する為だ。日本の超安インターネットは、(不当に?)高い通信料金を払い続けたあまたの企業ユーザあってこそ成り立っているのである。
長くなってしまったがホントはまだまだ書きたい事はあった(広告収入というビジネスモデル自体ブロードバンドと相性が悪いんじゃねーのとかその辺)。
最後に日経本記事にあったIIJ鈴木幸一社長のインタビューから抜粋。日本の抱える問題が凝縮されている。
(引用者注:インタビュアーの発言)
■しかし安価な料金が日本をブロードバンドで世界一の地位に押し上げた。
(引用者注:以下鈴木氏)
「世界一安い」なんてバカげてる。安さばかりを追求しているのは日本と韓国だけだ。
日本と米国のインターネットは全く違う。米国はインターネットを含め、プラットフォームの値段を安くする事には非常に慎重だ。Mビット/秒あたりの単価を見ても、日本は米国の30分の1。世界平均と比べると50分の1だ。米国はインフラに金が落ちているから破綻することはないが、日本は非常に危険な状況にある。
日本のインターネットに従量課金が復活するのは、すぐ目の前と見た。