2007年2月アーカイブ

ドウモー コンニチワー

ボクゥハ ラクゴカノ

ヨギータ・ラガシャーマナン・ジャスラック

ト モウシマスケドモ

キョウハ コンナニタクサンノ

チ、チ、チョ、チョ、

チョサ、チョサ、


ゴメンナサイ
チョット ハツオンスィニクイ コトバ ダカラ


チョ、

チョサ、チョサク、チョ、

チョサクケンリョウ


ヲ モラッテ メチャメチャ ウレスィ ダケド


ボクハ コナイダ ハジメテ

ユートゥーブ ノ ヒトト オハナシシタ ダケド

ユートゥーブ ノ ヒト イガイト フレンドリーダッタ ダケド

ホンライナラバ コッチモ シツレイガアッチャイケナイ ダケド

ソンナノ ボクカラ シテミタラ

フレンドリートカ ソンナノカンケイナイ!

ソンナノ ゼーンゼンカンケイナイ!!


エゲツナーイ キンヨクヤデー


サイシュウテキニ
ユートゥーブノ トップページニ ニホンゴノ ケイコクダスッテ

ニホンガワノ ヨウキュウノ ベタサ ニ ドギモ ヲ ヌカレタヤロ!!

マサカ 2007ネンニ コノ ヨウキュウ ヲ 
フルテンション デ イッテクルトハナー


元ネタ(そろそろ消される予感)
R-1ぐらんぷり 2007 (チュートリアル徳井)

シザーハンズ。


両手がハサミで出来ているが故に、人間社会に適応できなかった人造人間エドワードの物語。


はてながリリースした新サービス「Rimo」(リィモ)は、超マジで「テレビそのもの」を目指すという、実体を伴ったWEB上のサービスとしてはおそらく世界初の画期的な試みである。

コンテンツとしては十分な魅力と可能性を感じる。

今後、多くのユーザに支持されるだろう、とも思う。


しかし、どんなに多くのユーザから愛されたとしても、”Rimo”は「幸せ」にはなれないだろう。
つまり、”Rimo”はビジネスとしては成功しないだろう。
というか、”Rimo”の存在そのものがビジネスとして成功できない「宿命」を併せ持ってしまっている様に思う。

このあたりのニュアンスをどう伝えればよいのか難しい。どう表現しても、批判と受け取られてしまいそうな文章になる。

あれこれ思案していて、「シザーハンズ」を思い出した。シザーハンズに例えたなら、少しはこのエントリーの意図を伝えられるかもしれない。


「Rimo、君は悪くない。
でも君がいくら”テレビ”になりたいと願っても、それは無理なんだ。
だって君の体は”WEB”で出来ているからね。」


サービスの収益について尋ねると、川崎さんは「ノープランです」とからりと笑う。サービスに自信はある。まずはたくさんの人に使ってもらい、楽しんでもらうのが先決だ。「人がたくさん集まれば、それだけで価値が生まれるはず。それこそ『こっちの方がテレビより面白い』とでもなれば、ビジネスも成り立つだろう」(神原さん)
YouTubeをテレビで“ダラ見” はてな、Wii対応の動画サービス (2/2)


「人がたくさん集まればそれだけで価値が生まれるはず」
「ユーザから支持さえ集められれば、ビジネスは何とかなる」

この様なある種楽観的な考え方は、WEBビジネスの世界では珍しいものではないし、むしろ支配的な考え方と言える。しかし、この理屈は「WEBビジネス」を志向するサービスで成り立つ話であって、「テレビ」を志向する「Rimo」に通用するかどうか。

Rimoのユーザがどの様に振舞い、そこで何が起こるのかを具体的に想像して欲しい。

ユーザは、TOPページURL http://rimo.tv/ にアクセスしたまま、「テレビの様に」コンテンツを視聴し始める。Rimoはコンテンツ抽出のアルゴリズムに則り、あらかじめ想定されたトラフィックを流し始める。ユーザは、流れ出したコンテンツをひたすら「消費」する。その行動パターンは、ネットユーザではなくテレビ視聴者のそれになる。

彼らは、殆ど存在感を発揮する事なくRimo上に滞留し続ける。彼らが起こすアクションは、基本的にスキップボタンかチャンネルボタンをクリックするだけ。Rimoのアクセスログには、ザッピングの痕跡だけが淡々と記録されていく。

この様なユーザが1000万人になろうが、1億人になろうが、それは「頭数」以外の意味を持たない。


何が言いたいかと言うと、ユーザの「能動的な意思表示」が有って初めてWEBは価値を創出できるという事だ。


GoogleやAmazonのビジネスモデルを持ち出すまでもなく、WEB上で成功したあらゆるビジネスは、「ユーザアクションの正確な把握」と「そこから潜在ニーズを的確に読み取る」という2つの大原則から成り立っていると言って過言ではない。

これまでのインターネットサービスでは、「文字を書き込む」「検索する」「設定項目を入力する」といった操作をする必要がありました。Rimoはそんなめんどうな操作をできるだけ取り払いました。
はてなダイアリー日記 2007-02-16

と豪語するRimoのコンセプトは確かに斬新だが、言い換えれば「WEBである事のメリットは全て捨て去りました」と言っているに等しい。そう考えると、Rimoのアクセスユーザ数をビジネスに結びつけるのは想像以上にハードルが高いと気づく。

クリッカブル広告の類は、そもそもRimoのコンセプトにそぐわないし、現状のUIを考えてもいかにも収まりが悪い。テレビを志向しているのだからテレビCMと同じ形態でCMを流せば良いという発想がやはり自然だろう。
そうなると、単純な視聴人数をベースにした広告収入という事になり、つまりテレビの視聴率競争という土俵にWEBインフラをぶらさげて参入、みたいな話になってくる。

しかし正直、スケールメリットの勝負になってしまうとWEBに勝ち目は無い様に思う。
テレビは一度電波を発信してしまえば、それを1万人が視聴しようが、1億人が視聴しようが同じコストだ。WEBではどう逆立ちしても、配信規模の増大に伴ってランニングコストが膨らむという基本構造は変わらない。ちなみにWEB上で1000万ストリーム同時配信しても、テレビ視聴率換算で約16.7%にしかならない。

「Rimo」はどんなにテレビを装ってもWEBサービスである。常識的でベタな話をすれば、ビジネスとして成功させるにはコンセプトを軌道修正すべきと思う。

しかし一方で、それこそツマラナイだろと思う自分もいる。

WEBの世界では非常識がしばしば新しい常識を生み出す。もしかしたらとてつもないブレークスルーがRimoをきっかけに起こらないとも限らない。

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